福井散策 和服リフォーム フラメンコ

写真でみる「ふるさと福井」(一部動画)

 
  動画 写真
一乗谷・朝倉遺跡 古墳期の頃を巡る
白山平泉寺 中世城館を含む「福井のお城」
熊川宿 「芝原用水」の幹線支流を巡る  
  中世の「藤島荘」  
   
福井市宝永
福井藩主松平家の別邸「養浩館庭園」
 
     
     
一乗谷朝倉氏遺跡
(福井市城戸ノ内)
  壮麗な国指定特別名勝「諏訪館跡庭園」一乗谷朝倉氏庭園のうち最大規模
  庭園は上下2段構成
「下段」の滝副石(写真中央)は高さ4m余。
豪壮な雰囲気が漂う
「上段」曲水部。
石組内から溢れた谷川の水が、
緩やかに曲水部を伝い、
「下段」滝石組より園地に優雅に流れる。
     

一乗谷川から望む「義景館跡」
「義景館跡」の「唐門」
(朝倉氏遺跡の遺構ではありません)
 
「義景館跡全景」
日本最古の「花壇」(中央)
  敵の攻撃や侵入を防ぐー重要な防御施設
「下城戸」の出入り口
     
福井市藤島町
「田園風景」

藤島は平安期の頃、
「中ノ郷」の「一保」として、
発生したのが起源とされる。
 

福井市八ツ島町
古来美味しいお米の生産地と伝えられる
旧西藤島村の藤島中学前に広がる
「大型化した水田の風景」

「芝原用水」四ヶ用水は、今は八ヶ用水が合流し八ツ島町にだけ供給されている

 
     
福井市黒丸町
南北朝の争乱期、 いわゆる「足羽7城」の
主郭とみられる「黒丸城址」。

「藤島の荘」最北西端に位置し、
越前における北朝方斯波高経の居城だった。

 
     
福井市新田塚
国史跡・燈明寺畷新田義貞戦歿伝説地
(とうみょうじなわて
にったよしさだせんぼつでんせつち)
新田義貞公の戦没地と伝えられる所、新田神社  
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福井城址
(福井市大手)
 
  御廊下橋 南側  
 
天守台跡   坤(ひつじ)櫓跡 付近
     
小浜城址  
 

「天守台跡入口」

 
 

「天守台跡」(写真正面)
階段を登って天守台へ

当時は広場(写真右下)に「天守付属の櫓」があって
その建物から天守へ

  「本丸跡外側からの眺め」
「天守台跡」(奥)と「小天守台跡」(中)
     

福井市
戦国期には「北庄大橋」と呼ばれていた
「九十九橋」

当時は左側・北詰より北庄中心部へ
または加賀(石川県)へ北陸道続く
右側・南詰より足羽山麓を南へ
北陸街道続く。

 
     
福井市舟橋
「勝虎城跡」は、九頭竜橋(旧舟橋)鉄橋付近の河川敷テニスコートにあったという(写真右上)

「太平記」巻20には、
「…3番に細屋右馬助(うまのすけ)、千余騎にて河合の庄より押し寄せ、北の端の勝虎城を取り巻いて…」とある
「北の端の勝虎城」
 
     
福井市藤島町
藤島城址(西超勝寺)

 
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福井市中角
九頭竜川に広がる「中角遺跡

   九頭竜川北岸に広がる「中角遺跡」の中心である
中角集落(えちぜん鉄道中角駅付近)

「古くから自然堤防上に人々が好んで住むような
環境だった」と見られる。
えちぜん鉄道「中角駅」東側。
「多知」地籍は「中角館」跡の比定地。

写真=上下に延びる右側道路の右端、館囲む環濠(約9メートル)の南端境界とみられる。
南端境界から北へ約90メートルが環濠北端境界とみられる。
写真=右下角(公園に大木) あたりが環濠東端境界とみられる。
東端境界から西へ(駅方面)約54メートルが環濠西端境界とみられる。
     
熊川宿  
  伊藤忠商事二代目社長・伊藤竹之助氏の生家。
修理を施しているが、外観は昔ながらの町家造り。
 
 
旧問屋「菱屋」。街道を支えた旧家という。
広い屋敷にその面影も。
  宿場内に残る復元された「番所」。
全国的にも貴重な歴史的建造物という。
   
白山平泉寺(勝山市)    
「本社」の前にある
高さ3メートル長さ110メートルの「石の壁」

視覚効果を高める
境内最大の石垣として注目される。



僧兵らが九頭竜川から川原の石を手送りで造った
という、かつての「平泉寺への石畳参道」
(約700メートル)

 両側には、老杉の並木道ー菩提林(ぼだいばやし)が900メートルほど続く

平泉寺の自然に群生した
樹齢数百年の菩提林(ぼだいばやし)
  安静6年(1859)再建の「拝殿」

江戸時代の寄棟造り(四方向に傾斜のある屋根の形)、榑葺(くれぶき=裂いた榑板を重ねて葺いた屋根)の簡素な建物ではあるが、
天平時代の風情をよく残しているという。
 
福井市海老助町(えびすけちょう)
平安中期の足羽郡10ヶ郷の1つ、
「額田郷」の比定地

写真・川の上の地域(日野川右岸)
 
福井市(足羽山)
足羽山東麓の「朝日山不動寺」にある
「笏谷石露天掘り跡」

古代は露天掘り、採掘は明治中頃まで
江戸時代から「七ツ尾口」で採掘始める。
 
     

福井県若狭町
「十善の森古墳」(6世紀初め福井県若狭町)

全長約68メートル後円部径約46メートル
前方部の幅末端で約50メートルの前方後円墳
前方部と後円部に
それぞれ横穴式石室(北陸最古)を持つ




 
     
越前市朽飯町
機織の発祥地、
朽飯町(くだしちょう)にある「八幡神社」

境内には、「幡生(はたお)神社」があり、
5世紀後半、朽飯町で
養蚕と絹織物が生産されていたと伝える

  「八幡神社」 「幡生(はたお)神社」
     

福井市(足羽山)
「石釧」(いしくしろ=龍ヶ岡古墳5世紀初め)
という、古墳時代の「石製腕輪」
大和朝廷が地方豪族に贈ったとされる

そのほとんどは、 「越の国」を支配した
大首長の管掌下で生産されていたという

福井市郷土歴史博物館展示品
 
福井市(足羽山)
身・蓋それぞれ約50トンの
「笏谷石」をくり抜いて造られた
2トン余の「家形刳抜式石棺」
(龍ヶ岡古墳=5世紀初め足羽山)

福井市郷土歴史博物館展示品
 
福井県「坂井市丸岡町
「六呂瀬山古墳群」麓にある
男大迹王(おほどのおう=後の継体天皇)の
母・振姫の故郷、
高向神社境内の「高向の宮跡」
 
   
六呂瀬山古墳群(福井県「坂井市丸岡)・松岡古墳群(福井県永平寺町松岡)  
六呂瀬山一号墳の山肌に露出している
(当時のものと思われる)葺石
六呂瀬山古墳群i入口 六呂瀬山一号墳の
奥の「後円部」から手前にかけて「前方部」
 
「六呂瀬山古墳群」(正面)

九頭竜川を挟んで対岸丘陵上には
「松岡古墳群」があります。
絶大な権力者が眠る聖地、
「六呂瀬山古墳群」(坂井市丸岡)と
「松岡古墳群」(永平寺町松岡)で、
初代大首長の「手繰ケ城山古墳」
(松岡古墳群)から福井・坂井両平野を望む
 
     
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【福井市】
平成20年 頃「福井城址御廊下橋」
 
【福井市】
「一乗谷朝倉氏遺跡 」

 春と秋に 戦国時代の日常を寸劇で再現
 福井弁交えて
【福井市】
朝倉氏遺跡、桜の咲くころ
 
【福井市】
宮ノ下広苑の「コスモス」

規模は日本一ともいわれている
【福井市】
「らっきょうの花」
      
  福井県が誇る全国唯一 3年掘りの産地
【福井市】
福井県の花「越前水仙」
 
【福井市】

越前松平家菩提寺「大安禅寺」の花菖蒲
アジサイも綺麗!
【福井市】
「足羽神社」のしだれ桜
 
【福井県坂井市】
「東尋坊」国の名勝・天然記念物
 
【福井県坂井市】
「丸岡城」天守は、
江戸時代以前に建設され、
今も残る 全国12城の一つ
【福井県坂井市】
「ゆりの里公園」
 
【福井県あわら市】
北潟湖畔の花菖蒲園
 
【福井県坂井市】
称念寺・新田義貞公菩提所
 

【福井県永平寺町】
曹洞宗大本山永平寺

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白山平泉寺  
平泉寺本殿  寛政7年(1795)再建    母屋と向拝をつなぐ竜の丸彫りの繋虹梁 日本の道百選「中世の石畳」
   
大野市  
本願清水イトヨの里  国指定天然記念物 本願清水イトヨ生息地  寺町通り
曹洞宗第二道場・宝慶寺 七間朝市 400年以上歴史 そばの花
 
大野城   幻の野草「オキナグサ」
     
【福井県南越前町】
花ハス切花生産日本一
 
【福井県敦賀市】
花換まつり 4月 金崎宮
 
【福井県越前市】
万葉の里 味真野苑
 
【福井県鯖江市】
西山公園のツツジ
 
【福井県小浜市】
「明通寺」三重塔 池には大きな鯉も
【福井県若狭町】
三方五湖 桜の咲く頃
 
【福井県若狭町】
全国名水百選 「瓜割りの滝」
 
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動画
 
石垣に映える満開の桜ー2021.4 ふるさと福井 平成のひと時 新田義貞公をたたえる歌
称念寺にある新田義貞公墓所 イトヨの里 本願清水
戦国城下町のにぎわい
再現一乗谷朝倉氏遺跡
新田義貞公墓所、早春の頃
(称念寺)
イトヨの里 本願清水 
福井城址 国の特別史跡、朝倉遺跡
福井城址「桜の咲く頃」 県内では絶滅したという、
幻の野草「オキナグサ」
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動画 項目
石垣に映える満開の桜ー2021.4
ふるさと福井 平成のひと時
新田義貞公をたたえる歌
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